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被災地支援 ボランティアバス プロジェクト 報告 その1

5月3日 宮城県岩沼市の民家さんへ 被災地ボランティアに行ってきました。

このプロジェクトの企画、立案は草津サポーターズプロジェクト(KSP)でしたが、

実際は、すでに4陣のボランティアバスを出している
桐生市ボランティア協議会さんに、岩沼市との調整や一輪車や水を積んだトラックを
桐生旅行さんに、旅行・バスの手配をご協力いただき、プロジェクトを実行できました。

 
集まってくれたのは、ネット中心の呼びかけに応えてくれたザスパサポーターを中心とした21人。

高崎駅東口を15名で5時に出発し、桐生駅南口で6名増やして、バス一台で出発しました。


バスは東北道を走り、一路岩沼へ、

途中、白河を越えた辺りから、路面の補修箇所や段差が増え、バスが大きく揺れることも多くなり
震災の影響を感じつつ北上。

予定では宮城県の白石インターを降りて、10時半過ぎには現地に到着する予定が・・・
東北道の予想外の渋滞に巻き込まれ・・・・
1つ手前の国見インターで降りて国道4号へ、岩沼市へ入ったのは11時半過ぎでした。
ここで、遅れを取り戻して作業時間を長くするために、走るバスの中で早めの昼食


岩沼市の国道4号を走るバス。

そこには、屋根が壊れた家、ガラスが割れたショールーム、看板の壊れたファミリーレストランがあるものの
車は普通に走り、店舗やファミリーレストランは営業中。
日常のバイパス沿いの街がありました。


しかし・・・・
国道4号を海の方向に曲がり、
津波の防波堤になったといわれる仙台東部有料道路をくぐると、
徐々に田畑にゴミが目立つように・・・
そして水田に車や、水が・・・・津波の爪あとでした。

被災地支援ボラバス-1

今回の作業場所は岩沼市寺島
帰宅後、地図を確認したら、太平洋から1kmほどのところ
太平洋と阿武隈川に挟まれた島のような地形でした(地図→http://p.tl/LRRN)

添乗いただいた桐生旅行さんの話では
この地帯は最近まで、自衛隊や警察、消防以外立ち入り禁止の地域で、多くのご遺体も見つかったとのこと
今回、活動する民家さんの庭先でもご遺体が見つかったとの事でした。


活動する民家さんは阿武隈川の堤防のそばでした。
家の前の畑であったであろう場所には
前日までの別のボランティアの活動で、がれきや土が大きさごとに分けられて積まれ
家の中の家財道具が置かれていました。

家は、戸やタタミがはずされ、柱と壁だけ・・・・
裏の納屋などは津波で土台からはずされ倒れていました。
原形をとどめた家だけが、かろうじてここに生活があったことを物語っていました。


ご家族の話では、
津波が来たときは、阿武隈川の堤防に登って逃げたそうです。
幸い、その高さまで津波が来なかったため、難を逃れられたようですけど
堤防に逃げても、津波がこれ以上高くならないことを祈るしかなかったそうです。


さて、現地に着いたグループは、早速作業着を着て、長靴を履き、手袋、マスクをつけて
このあと 約4時間の作業に入るわけですが・・・・

それは その2で報告します。

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2011-05-07(Sat)
 

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プロフィール

草津SP

Author:草津SP
初心者にも垣根を作らない事やファミリー層も積極的に参加、
ザスパ草津と言うクラブを応援することを通じてサッカーを
一緒に楽しみ、クラブゆかりの地域ボランティア、トップ、
U-23、U-18の応援などを主な目的として活動しています。

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